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ズートピアは、楽しかった(粉ミカン)

U.N.Owen、最終鬼畜エルフ耳――《19世紀末から現代までのエルフ耳史(前篇)》――

今日から二回に分けて、知っているようで全く知らない、
そんなエルフのエルフ耳の歴史を辿ります(後篇未定)。
エルフ史じゃなくてエルフ耳史ですよ。
エルフ史は色んな民俗学者がやってるんで、気になる方はそれを読んでください。

今回は19世紀からトールキンまでのエルフ耳の足跡をなぞります。



エルフとかの画像009






第一章【19世紀中期(1834~1866)】


―エルフの耳はヒトの耳―


まずはこちらをご覧ください。これはエルフ、妖精、小人とされる対象を描いた19世紀中期の美術作品です。




ジョセフ·ノエル・ペイトン(1821~1901)の『Study for The Quarrel of Oberon and Titania』(1849)

アーギュスト・マルムストレム(1829年~1901年)の『Älvalek』(1866)

ニルス・ブロメール(1816年~1853年)の『Ängsälvor』(1850)

トーマス・カイトリー(1789年~1872年)の『Scandinavian Elves, from 'The World Guide to Gnomes, Fairies, Elves and Other Little People』(19世紀中期)

ジョン・アンスター・フィッツジェラルド(1819年(1932?)~1906年)『Fairies in the bird's nest』(1860)

リチャード・ダッド(1819~1887)『Fairy Feller's Master-Stroke』(1855~1864)




ジョセフ·ノエル・ペイトン卿(1821~1901)はロンドンの画家です。この絵はシェイクスピアの『夏の夜の夢』を描いたものです。光ってる方が妖精の女王テターニア。道化師っぽい方がエルフ王のオーべロンです。こちらの作品にはあの特徴的なエルフ耳を見ることはできません。

アーギュスト・マルムストレム(1829年~1901年)は欧州で活躍したスウェーデン出身の画家です。この絵は踊るエルフを表した絵で、英訳ではダンシングエルフと訳されます。こちらの作品にもあの特徴的なエルフ耳を見ることはできません。

ニルス・ブロメール(1816年~1853年)もスウェーデン生まれの画家で、北欧神話の絵画で名を馳せている人物です。『草原のエルフたち(meadow elves)』と訳されるこちらの作品にもあの特徴的なエルフ耳を見ることはできません。

トーマス・カイトリー(1789年~1872年)はアメリカの民族学者で、妖精やノーム、エルフなどの民間伝承に触れた古典的な著作を残した人物です。こちらの作品にもあの特徴的なエルフ耳を見ることはできません。

ジョン・アンスター・フィッツジェラルド(1819年(1932?)~1906年)はイギリスの妖精画家です。残念ながら、彼が描いた対象エルフではなく、妖精です。とはいうものの、しっかりとした尖り耳が見られます。今遡れる最初期の尖り耳です。

リチャード・ダッド(1819~1887)もイギリスがロンドンの画家です。

これらの絵が指し示すエルフの耳は完全にヒトの耳です。え、小さ過ぎてよく見えない?細かいことは(ry

この時代のエルフ像は、ウィリアム・シェイクスピア(?~ 1564年洗礼~1616年)やマイケル・ドレイトン(1563年~1631年)の影響が色濃いとされます。

まずもって、当時の人々の間でもエルフ‐妖精‐ノーム‐小人などの区別をしていましたが、現代人が行うほどの厳密な区別は行っていませんでした。よく見比べてみて下さい。全てエルフを描いたものですが、現代人に言わせれば「ノームだろ?」「妖精だろ?」「精霊だろ?」「一体どこがエルフなんだよ?!」といった感じのものばかりです。当時の人々は、これらを厳密には区別していなかったのです。

この曖昧なエルフ‐妖精‐小人‐etc.の同居状態はJ.R.R.トールキン(1892年~1973年)の登場以降、エルフ‐妖精‐小人‐etc.の区別が厳密化され始めます。そして、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』が発売された1970年代頃には、ほぼ現在の別居状態が形作られます。各アイデンティティが確立されるまでは、この曖昧な状況がずっと続いていたのです。

本題に戻りますが、この時代には、エルフ耳は現れませんでした。ハッキリとエルフにあのエルフらしい尖り耳がしっかりと確認できるようになるには、19世紀後期を待たなくてはなりません。


第二章【19世紀後期(1867~1899)】



―エルフ耳の萌し―


19世紀後期になると尖り耳が見られるようになります。先程も、妖精の尖り耳の一例を挙げましたが、小人やノームなどにも、ちらほらと尖り耳が描写されるようになったのです。




リチャード・ドイル(1824年~1883年)エドモンド・エヴァンズ(1826年~1905年)着色の『Poor Little Birdie Teased』(1884)

『An Intruding Elf Makes Himself at Home in a Birds Nest』(1870)

『Elves Reposing』(1870)

ジェームズ J. ガスリー(1874年~1950年)の『The Wood Elf』(1898)

ウォルター・クレイン (1845年~1915年)の『Elf and Queen of Garden』(1889)

『Elves and Fairy Painters, from "The Snowman" 』(1899)

ジョン・バトン(1860年~1932年) の『(タイトル不明、『Celtic fairy tales』の挿絵)』(1892)


カール・オフターディンガー(1829年~1889年)とヘインリッヒ・ロイテマン(1824年~1905年)の『Volle Auflösung』(19世紀末)




これら(最後の以外)は19世紀中期から20世紀前半までに栄華を極めたヴィクトリア朝児童文学作品群に所属する挿絵です。
なんだそら、という人も、ルイス・キャロル(1832年~1898年)の『不思議の国のアリス』と聞けばピンと来るはず。この時代は児童文学作品が大量生産された時代でした。

上記三種の絵はこの時代を生きたアンドリュー・ラング(1844年~1912年)が1884年に書き綴った『いないいない王女 』の中に掲載された挿絵です。

この挿絵を描いた人物は、イギリスの挿絵師リチャード・ドイル(1824年~1883年)です。彼はエルフに尖り耳を付した挿絵師として知られています。私が確認できた最古期のものは、1870年発売の『妖精の国で』です。ここでは、すでに尖り耳が付されたエルフが見られます。非常に稀少な本であり、現在では入手はおろか見ることすら難しい本です。(『妖精の国で』初版)

因みに、リチャード・ドイルの弟、チャールズ・アルタモント・ドイル(1832年~1893年)はアーサー・コナン・ドイル卿(1859年~1930年)の父です。


ジェイムズ・ガスリー(1874年~1952年)も精力的にエルフを描いたイギリスの人物です。上記の絵は版画絵です。これは1907年に刷られたもので、英国の大英博物館やパリのdes Arts Decoratifs美術館に所蔵されています。

1899年から1900年にかけて販売された彼のシリーズ本『the elf』に収録されていた挿絵です(ジェイムズ・ガスリーの著作活動の詳細)。彼はエルフに尖り耳を付しています。

ウォルター・クレイン (1845年~1915年)はイギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動に従事した芸術家です。浮世絵を研究したことでも知られています。彼も幾つかのエルフの絵を描いていますが、全てヒトの耳を付したエルフを描いています。

ジョン・バトン(1860年~1932年)の挿絵はエルフではありません。これは『Celtic fairy tales』に収録されているお話、「The Story-Teller at Fault」に登場する灰色の乞食(grey beggarman)というキャラクターです。エルフなのか、精霊なのか、この辺は分かりませんが、尖り耳です。こちらもイギリスの人物です。

カール・オフターディンガー(1829年~1889年)とヘインリッヒ・ロイテマン(1824年~1905年)はイギリスではなく、ドイツの挿絵師です。こちらもエルフの様な尖り耳は見られません。イギリス以外の国での尖り耳はどうなっているのか、という端的な比較対象として持ってきました。

さて、私が見た限り、19世紀後期に置いて、尖り耳を描写したのはイギリスの挿絵師に集中しています。ならば、尖り耳の発祥はイギリスである、と推察することに決して誤りではないはずです。


色んな過程(批判や検証)をすっ飛ばした上での結論ですが、少なくとも私は、
現代の直接的な尖り耳のルーツは19世紀後期に置けるヴィクトリア朝児童文学作品の中にあると考えています。(批判、反証はコメント欄から)

そして、尖り耳が溢れたヴィクトリア朝児童文学作品の挿絵に置いて、
最初期に、エルフに尖り耳を付した人物こそリチャード・ドイルであると睨んでいます。
これこそがエルフ耳のルーツであると考えています。



第三章【20世紀前期(1900~1933)】



―ポストヴィクトリア時代、エルフ耳の勢力拡大―


では、20世紀前期のエルフ耳です。では、こちらをご覧ください。




アーサー・ラッカム(1867年~1939年)の『To make my small elves coats』(1908)

アーネスト・エイリス(1882年~1963年)の『Elves Parachuting with the Aid of Thistledown』(不明)





20世紀前期時代です。この時代になると、エルフ耳は多くの作者の作品でも顕著に見られるようになり、その数も格段に多くなります。ですが、やはりヒトの耳を付したエルフの方が絶対数は多いと思われます(実際にカウントしたわけではありませんが、感覚的に)。





第四章【20世紀中期(1934~1966)】



―トールキンとエルフ耳―


さて、ここまで時代が下り、我らがJ.R.R.トールキン(1892年~1973年)が登場します。
ただ、初っ端から出鼻くじく様で悪いのですが、『指輪物語』にはエルフの耳に関する記述が一切ありません。
そのため、「『指輪物語』本編でエルフの耳は本当に尖っていたのか」という論争がよく勃発していました。
つまるところ、トールキンはエルフ耳史には殆ど関わっていないのです。


ただ、『指輪物語』に詳しいマイケル・マルティネスによれば、本編にはエルフ耳の具体的な記述はなされなかったものの、エルフの耳は尖っていた、と主張しています。詳しくは「Middle-earth and J.R.R. Tolkien News & Articles」の2011年9月21日付けのマイケル·マルティネス氏の記事をどうぞ(英語)。

彼がその根拠として掲げるのが、トールキンのプライベートレポートです。
簡単にいえば、トールキンが『指輪物語』執筆前にしたためていた裏設定に当たる、とされるモノです。




"lassë leaf: Q lasse, N lhass; Q lasselanta leaf-fall, autumn, N lhasbelin(*lassekwelêne), cf. Q Narquelion [KWEL]. Lhasgalen Greenleaf (Gnome name of Laurelin).(Some think this is related to the next and *lassê ear. The Quendian ears were more pointed and leaf-shaped than [空白].)"


lassë 葉:Q lasse, N lhass; Q lasselanta   落葉、秋 N lhasbelin(*lassekwelêne),  参照。 Q Narquelion  [KWEL]. Lhasgalen  緑葉(Laurelinのノーム名)。「ある者はlassê耳と次に述べるモノとの関連性を考えている。クェンディアンの耳は[空白]よりも尖っており、そして葉の形に近かった」
(pompompmpm訳)


J.R.R.Tolkien, The Lost Road, p. 409 paperback edition.




上半分が文字化けしているように見えますが、これは仕様です。トールキンがプライベートレポートに書き綴ったエルフ語です。
私はエルフ語が全く読めませんが、おそらくlassë (葉っぱ)というエルフ語のエ英対訳と思われます。
後、クェンディアンはエルフの事です。

また、1938年4月にトールキンがホートン・ミフリン社に宛てた手紙、いわゆるLetters #27の中でも、次の様な記述が見られます。



" A round, jovial face; ears only slightly pointed and 'elvish'"


「丸くて陽気そうな顔。耳は鋭く尖って「エルフらしい」」
(pompompmpm訳)


27の手紙





これはトールキンがホビットを描くなら、こう言う感じで、というリクエストをホートンに宛てた物です。
「ホビットの耳は"エルフらしく"鋭くとがらせて」とトールキンが言っているわけです。

これだけの裏設定があるのならば、トールキンがエルフに尖り耳を付すること意図して『指輪物語』を製作していたことに疑いはないのでしょう。
となれば、マイケル・マルティネス氏の「本編でもエルフはエルフ耳であった」という主張は間違いでないように思えます。

なお、たまに「トールキンがエルフ耳を考えたのだ」という考えを持った人が見られます(過去の私です)。ですがこれは完全な勘違いです。
今回はエルフ耳の描写を歴史的に辿ってきましたが、上記の指摘が甚だ見当違いであることがよく分かるはずです。彼が生きていた時代にはすでに、エルフに尖り耳(エルフ耳)、はかなりの頻度で見られたのです。一体、どうして彼がエルフ耳を考えたと言えるのでしょうか。
トールキンのエルフ耳描写(直接的な描写はないが裏設定でのエルフ耳描写は存在していたという意味での)はヴィクトリア朝児童文学作品にルーツを持つものであると考えられ、決して彼独自のアイデアである、とは言えないのです。



―やっぱり、トールキンはエルフ耳史に足跡を残していない!?―


ですが、トールキンはエルフ耳史の血脈に何の影響も残していないといえます。
考えても見て下さい。マルティネス氏は見事にトールキンの『指輪物語』に登場するエルフは尖り耳であったことを証明しました。
ですが、それは完全な裏設定での話です。トールキン本人と親しい友人、出版社の人間しか把握していない『指輪物語』の影の部分。陽のあたる所、つまり読者の目には全く入ってこない情報なわけです。

『指輪物語』にを読んで、エルフの事細かい設定が垣間見える事はあっても、
『指輪物語』に登場するエルフの耳が尖っているかどうかなんて一切分からない(耳に関する記述が一切ないわけですから)。
そう考えると、彼からエルフ耳の影響を受けた創作家が一体どこに居るのだろうか、という話になってきます。

つまり何が言いたいのかって言うと、
私達が普段見ているエロフのエロフ耳には、トールキンの遺伝子はほぼ流れていない、という事です。
エルフ耳史の流れに身を置きながらも、それを右から左に受け流さなかったトールキン。
エルフのアイデンティティ確立させた、エルフ史を語る上で欠かすことのできないトールキンも、殊、エルフ耳に関しては語る余地が全くないのです。


次回はトールキンから現代までのエルフ耳の流れを追ってみます(日付未定)
20世紀中期までは尖り耳であったエルフの耳も、20世紀後期、厳密に言えば1980年代から横につきだす様な耳に変化していきました。(横にグッと伸びた長い耳、下記画像参照)

多分、現代によく見られるエルフの長耳は一体誰が考えついたのか。
ロードス島戦記のディードリットが先か、ドラクエ3に出てくるエルフの隠れ里の長やゼルダの伝説のリンクが先なのか、はたまたその他の可能性があるのか、という話が中心になるかと思います。




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まとめtyaiました【U.N.Owen、最終鬼畜エルフ耳――《19世紀末から現代までのエルフ耳史(前篇)》――】

今日から二回に分けて、知っているようで全く知らない、そんなエルフのエルフ耳の歴史を辿ります(後篇未定)。エルフじゃなくてエルフ耳ですよ。今回は19世紀からトールキンまでのエ

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エルフ耳はトールキンが作ったとすっかり思い込んでた。ちょっと意外

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トールキンは耳っていうより、小人サイズなイメージを人間サイズなものに変えたって話をなぜか親がしてた
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